定例集会案内

 

主日礼拝: 毎週日曜日 10時半~         毎週日曜日 15時~

 

教会学校: 毎週日曜日 9時15分~

 

祈 祷  会: 毎週木曜日 10時~

 

 主日礼拝中継

 * ライブ中継後15時間程度で YouTube上にアーカイブされます。

 

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教会の歴史にふれる                  ぶどうの木9月号より

                                           尾崎二郎伝道師

 別府の界隈には多くの修道院があります。トラピスト修道院、カリタス修道女会亀川修道院、サレジオ修道院、神の愛の宣教者会(マザー・テレサの会)、カトリック女子跣足カルメル修道会・聖マリア修道院などです。これらの修道院ではブラザーやシスターが祈りと献身の日々を送っています。以下ホームページより引用します。「トラピスト修道院の生活は、沈黙と孤独のうちに神とともに生きる生活であり、祈りながら働き、働きながら祈る生活、主イエス・キリストの弟子として、すべての 人の救いのために奉仕する生活ということができます。 一般社会から身を引き、直接宣教活動に携わる事はありませんが、絶え間ない祈りと、人目にたたない償いのわざによって、神秘的な方法ですべての人のために神の 恵みを願い続けています。」修道院は、世間から区分されつつも分離されず(アタナシウス信条の定式)、建てられているのです。従ってなかにはクッキーを製造販売している修道院もあります。

 なぜ教会の歴史で修道院なのか?と言われるかもしれませんが、教会の歴史に修道院の存在はなくてはならないように思われます。現在プロテスタントの教会には修道院の制度がありませんが、そのことも含めて以下に記します。

 修道院の始まりはアントニオス(251頃-356)ら隠修士の生活に始まります。彼らは砂漠、洞窟、断崖絶壁の頂、あるいは地面に立てた柱の頂きで一人で修行し、隠者のような生活をしていました。なぜこのような人たちが出て来たかといえば、パウロの時代から200年位経って、キリスト教がローマ帝国内に広まり、終に313年に信仰が国家によって公認されます。国家によるキリスト教の制度化により、キリスト者の信仰はその純真さを損ない、この世的な動機で入信する人々も増し加えられたと思われます。そのような状況を逃れるため隠修士たちは、エジプトの砂漠などへ一人旅立ったのでした。

 やがて隠修士たちの間で共住して献身する者たちも現れました。そんな中、バシレイオス(330頃-379)は「大ワシリイの修道規則」と呼ばれる修道生活の指針を定め、それは中世の修道院隆盛の礎となりました。

 時代は下り16世紀ヨーロッパで宗教改革が起こります。改革の先駆者ルターは両親の反対を押し切って聖アウグスティヌス修道院に入ります。そこでの体験などからルターは結果的に修道院制度を否定することになり、そのことが、現在のプロテスタント教会に修道院制度がないことの遠因かと思われます。宗教改革者は、アド フォンテス(ad fontes、源泉に帰れ)を合言葉にパウロらの時代の原始教会、聖書に記されたそのままの世界に戻ろうとしました。確かに聖書には修道院などは出て来ませんね。

 私は、フィリピの信徒への手紙を詳しく読んでみて、今の時代に聖職者が世俗から区分されて生活していくことが、パウロの時代より難しくなっていると感じます。ですから今日、制度的に聖と俗の場所を区分して暮らしている修道士たちの献身は、教会の全ての人が覚えて祈っていく事柄だと思います。

アブラハムがはるかに眺めた平和の地 ぶどうの木8月号より

                                           尾崎二郎伝道師

 去る7月12日の宇佐教会交換講壇の奉仕を終えた後、私は宇佐平和資料館を訪れました。そこには零式艦上戦闘機21型が展示されており、人一人がやっと入れるその操縦室を間近に見ることが出来ました。これに乗り出撃した特攻隊員たちは将にこの機体と一体となって飛び立たれたのだと感じました。

 私たちクリスチャンは、この地上における歩みを仮住まいの日々としてとらえていることでしょう。そのことは私たちの父祖アブラハムやモーセにとっても同じことでした。

「信仰によって、アブラハムは、自分が財産として受け継ぐことになる土地に出て行くように召し出されると、これに服従し、行き先も知らずに出発したのです。」

(ヘブライ人への手紙11:8)アブラハムは自分たちの計画ではなく、ただ主なる神の声に聞き従って、約束の地へ向けて歩み出したのでした。

「この人たちは皆、信仰を抱いて死にました。約束されたものを手に入れませんでしたが、はるかにそれを見て喜びの声をあげ、自分たちが地上ではよそ者であり、仮住まいの者であることを公に言い表したのです。」(11:13)しかし、アブラハムもモーセも、自分自身は約束の地に入れられることはありませんでした。自分では体験できなかったけれども、子孫たちがそこに入れられることを確信して、はるかに見晴るかす場所で、その喜びを共にすることが出来たのです。

 約束の地には、この世の仮住まいで得られる喜びにはるかに勝る、深くて広い喜びがあることが記されています。私たちはこの世においては、自分たちであれこれ計画して、よい暮らし、幸せな境遇を得ようとすることでしょう。しかし、約束の地に入れられるのは、主なる神の計画によるのです。

 約束の地の姿はヨハネの黙示録に示されています。21:9から新しいエルサレムの姿が記されていますが、ネヘミヤ記に記されているその城壁は、より立派で見栄えのする様に補強をされています。しかしその門は一日中閉ざされることはなくなります。

「わたしは、都の中に神殿を見なかった。全能者である神、主と小羊とが都の神殿だからである。この都には、それを照らす太陽も月も、必要でない。神の栄光が都を照らしており、小羊が都の明かりだからである。諸国の民は、都の光の中を歩き、地上の王たちは、自分たちの栄光を携えて、都に来る。」(21:22~24)ここにはイエス様はおっしゃったことがそのまま記されています。かの日には、もはや神殿はなく、私たちのうちに主なる神は住まわれるのです。

 

「わたしは、あなたたちのために立てた計画をよく心に留めている、と主は言われる。それは平和の計画であって、災いの計画ではない。将来と希望を与えるものである。」(エレミヤ書29:11)

                     

ぶどうの木 2020年6月より

 キリスト教会入門 ―道行くあなたへ―                  尾崎二郎 伝道師

 目を上げて、わたしは山々を仰ぐ。わたしの助けはどこから来るのか。わたしの助けは来る 天地を造られた主のもとから。どうか、主があなたを助けて 足がよろめかないようにし まどろむことなく見守ってくださるように。見よ、イスラエルを見守る方は まどろむことなく、眠ることもない。主はあなたを見守る方 あなたを覆う陰、あなたの右にいます方。昼、太陽はあなたを撃つことがなく 夜、月もあなたを撃つことがない。主がすべての災いを遠ざけて あなたを見守り あなたの魂を見守ってくださるように。あなたの出で立つのも帰るのも 主が見守ってくださるように。今も、そしてとこしえに。(詩編121篇)

  キリストの教会へようこそ。あなたは今助けを求めていないでしょうか。あなたは藁をもすがってもがいておられるかも知れません。そのようなあなたに助けはやって来ます。それはこの天地のすべてを造られた主なる神のもとから。どうか、主なる神があなたの歩みの一歩一歩を見守り、守って下さいますように。主なる神は昼も夜も休むことなくあなたを守っておられます。そのような方は主なる神の他にはありません。主なる神は太陽も月をも造られた創造主。私たち人間も主なる神によって造られました。炎天の太陽も、怜悧の月も人間の命を滅ぼすことは出来ません。あなたは主なる神のそばに居れば、すべての災いから遠ざけられます。主なる神はあなたの魂の真底までも見守っていてくださいます。たといあなたが主なる神から遠ざかろうとしても、そのまなざしは絶えず注がれています。

 主なる神はあなたを愛し救おうとされています。その主なる神はどこに居られるのか。その姿を見た人は未だ誰もいません。しかし私たち人間には十字架という目印が示されています。あなたが背負う痛みや苦しみを、主なる神の独り子であるイエス・キリストは身代わりとなって背負われて、十字架に架かり、究極の痛みと苦しみの中で死に、そうして三日後に復活されました。あなたは自分の痛みや苦しみをイエス・キリストに預けて歩み出すとき、救いへの道の第一歩を踏み出します。

 誰もイエス・キリストの姿を見た者はいません。ですから最初は誰もイエス・キリストを信じていなかったのです。しかしイエス・キリストはあなたがやってきて助けを求める為に手を広げて待っておられます。イエス・キリストは信じる者を救われるのです。

 ではイエス・キリストはどこに居られるのでしょう?あなたはその疑問に悩むより前に、是非この教会の門をくぐって教会の中に入ってみてください。中に入るのに何の資格も要りません。イエス・キリストはあなた方すべての人たちのために居てくださいますから、心配はいりません。

 

ぶどうの木 2020年5月より

 私が東京神学大学に提出した修士論文(幻?)              尾崎二郎

大友宗麟に洗礼を授けたのはフランシスコ・カブラルという宣教師でしたが、このカブラルは時の冒険的なポルトガル人の典型のような人であったようです。日本文化や日本人に対して否定的で、いわゆる謙遜清貧の牧者からは外れた人だったようです。

 私が東神大に提出した修士論文は、キリスト信仰がどのように周りの人々に伝わるかを考察した論文です。信仰の伝達には二つの側面があると考えられます。一つ目は、個人的な精神(エートス)が受け渡されて人から人へと伝わること、二つ目は、人が取り巻かれている時代の雰囲気や慣習など全体的な制度(エトス)の変遷のうちにあらわれる、信仰の伝達です。

 例えば、宗麟が洗礼を受けた16世紀後半の日本は戦国時代の只中であり、信長や秀吉は、京にいる天皇の権力に頼んで「天下統一」のために奮闘しました。しかし、宗麟たち九州の大名たちには、ひょっとして京の天皇の権力などあまり眼中になかったのではないでしょうか。むしろ宗麟は、南蛮から来る力ある武器や、美しい縞柄の洋服などに魅せられ、その背後にある権力や権威のほうに心惹かれていたのではないでしょうか。

 この例で言えば、信仰はカブラルから宗麟へと個人的に伝わったのが一つ目(エートス)。そしてもっと全体的な時代の制度の諸々の要因がぶつかり合う中で伝わるのが二つ目です(エトス)。このエートスとエトスのうち、私の修論ではエトスを中心に論じました。

 修論題は「国家儀礼とサクラメント-植村正久をめぐって-」です。5月10日の説教でも触れましたが、明治時代の日本では、現在の日本とはかなり異なるエトスのなかで人々は暮らしていました。今とは言葉も国家体制もしきたりも、そして人々の信仰も違っていたのです。その明治時代のエトスの中心にあったのが天皇制という制度でした。この天皇制は江戸時代末期に橿原神宮が新しく造営されたことを始まりにして、段々と儀礼が整えられ、全国津々浦々へ天皇の行幸が挙行されるなどして、強固なものとされて行きます。そしてそれは全く人工的な構想に基づいて始められたのでした。

 それに反して、教会のサクラメント(洗礼と聖餐)は、人工的な構想ではなく、主なる神の御心によって形作られている制度です。つまり教会の制度は、人が作ったものではなく、主なる神の顕れであり、キリストの体なのです。

 第二次世界大戦前までの日本では「国体」という言葉が多用され、人々はそれが表すところの国家体制に縛られていました。このように私たち人間は事実上、自分を取り囲む「体」に統治されます。

そのことを思いますと、私たちは主イエス・キリストの精神だけを見つめるのでなく、主イエス・キリストの体の一部とされていることを喜び、礼拝賛美してゆくべしと祈り願います。(私の修士提出論文を読まれたい方は、伝道師まで言っていただければ差し上げます。)

 

不老泉恵みの日々を増さしめて 御言葉の泉のちに伝へむ

不老泉この世の日数増さしめて 御言葉の泉のちに伝へむ

父共に聖霊共に御子イエスは 我らを罪に泥ませずをり

キリストの愛は尊し我らをば 泥みの罪より逃れせしめり

キリストの愛は尊し我らをば 泥みの愛より逃れせしめり

乳飲み子の一人立つごとダビデ王 主に抱かれて歌う詩篇歌 (詩編131)

花里の香りかぐわしこの花は 君持て来る恵みにぞある(2020.5.3花の日礼拝記念)

 

聖名賛美

今、全国に緊急事態宣言が出されていますことから、当面、主日の教会での礼拝を長老と伝道師だけでお献げします旨、皆様にお知らせさせて頂いております。

しかしながら、本日4月26日の礼拝より、礼拝中継委員会が中心になってすすめていました主日礼拝のライブ中継が視聴できるようになりましたので、来週5月3日の主日礼拝から、ご自宅にて礼拝をお献げすることを第一にしたいと思います。皆様が、同じ10時30分から同じ映像を見ながら、主にある一致を願い求めていきたいと願います。

ご自宅でライブ中継が視聴できない方は、尾崎伝道師までお問い合わせください。教会の電話番号は0977‐23‐7323、伝道師の携帯電話は090‐1428‐5159です。説教の要約は週報に掲載していますが、それ以外にも分かりやすい資料をお届けしたいと思います。わたしは赴任して間もなく一カ月が経とうとしていますが、教会守りの職務を果たしながら、このような状況の中で主なる神がわたしたちに何を問いかけ求めておられるのかを問い続けています。その答えを皆さんと共に探していきたいと思います。

当面、主日の教会での礼拝は、伝道師と、司式者、ヒムプレーヤ等担当者だけで執り行います。教会ホームページ上の「お知らせ」に書きましたように、わたしたちが教会において当面、平和の挨拶を交わせませんことは、主イエスも悲しみとされることですが、そのわたしたちの悲しみを、主にお委ねしてまいりましょう。

    2020年4月26日  日本キリスト教団別府不老町教会

            伝道師 尾崎二郎           

教会月報「ぶどうの木」2020年4月号より

 

教会(集い)について         伝道師 尾崎 二郎         

 パウロが伝道していた頃、ローマ帝国内ではキリスト教は公認の宗教ではなく、信者たちは迫害を受ける立場でした。信者たちは様々な仕方で家庭集会のような形で信仰を後の世代に伝えようとしたと考えられます。そのうちユダヤ教から分離したキリスト教会も建てられるようになり、教会間の交わりは活発であったと思われます。そのことはパウロが諸教会に宛てた書簡などによって明らかです。

 このようにイエス・キリストの救いは、古代より人から人へと口づてで広まっていきました。それは人と人とが顔を見合わせる関係性のうちに伝わっていったのです。

 現在の世におきましてもそのことは変わりがないように思います。今は、情報伝達の手段が昔と比べて格段に発達し、私たちは効率的に大量の情報を受け渡すことが出来る状況に置かれています。しかし、人と人とが顔を見合わせる関係性となりますと、このことは段々と疎かにされ、苦手になり、遂には避けられてしまうようなことになってはいないでしょうか。

 4月9日の祈祷会で、ネヘミヤがアルタクセルクセス王と深い応答をして、そこに天にいます御神の導きが現れたことを採り上げましたが、たとえ異なる信仰をもつ人に対しても、顔を合わせて話をすることで主なる神が働き始めることがあることを知らされました。

 しかし、今のこの地上においては、新型コロナウィルスの蔓延によって、私たちは顔を合わせて話をすることから更に遠ざけられようとしています。それに代えて、ライブ中継など、遠くにいても情報が受け取れる機器を用いて、私たちの信仰を何とか伝えようと努めています。ライブ中継ですと、多くの人々に同時に説教などをお伝えすることが出来ます。今のようなご時世においては、教会におけるライブ中継などの整備は不可欠であると思われます。中継によって、広く不特定多数の人々に福音を告げられるという魅力もあるでしょう。

 ただし、これだけでは不十分だと思います。私自身のお話をしますと、15年ほど前、千葉の地であるオーストラリア宣教師と出会い、彼が「Jesus(ジーザス)のためなら牢屋に入れられて、死んでもいいじゃん」と心から話されたのを聞いて、私は信仰に入れられました。これは決して長い語りでもなく、又、複雑な神学の解説でもなかったのでしたが、この一言で、私は信仰に入れられたのでした。

 教会(集い)のなかで起こることは驚きの連続です。なぜなら様々な人々が集い、関係性を持っていくうちに主なる神が、それぞれにふさわしい仕方で介入されるからです。今の新型コロナウィルスの蔓延という状況にあってもそのことは変わりません。たとえ状況によって一時的に教会に集えなくなったとしても、このことを忘れないようにしましょう。そして又集められるときを待ちましょう。

 信仰が深められるとき、遠くにいても近くにいても主にある交わりは一つですということが悟らされるでしょう。今は、そのように信仰が深められるために与えられた試練のときかも知れません。どうか主なる神が私たちに知恵を与え、新型コロナウィルスを恐れることなく、あなたを待ち望むことが出来ますように。